東京地方裁判所 平成8年(ワ)21841号 判決 1999年10月06日
原告
マルマンゴルフ株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
島田康男
右補佐人弁理士
【B】
同
【C】
被告
美津濃株式会社
右代表者代表取締役
【D】
右訴訟代理人弁護士
中村稔
同
熊倉禎男
同
辻居幸一
同
田中伸一郎
同
折田忠仁
右補佐人弁理士
【E】
同
【F】
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金四億五八九八万三七一〇円及びこれに対する平成八年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告がゴルフクラブのヘッドを製造等した行為が、原告の有していた実用新案権及びその仮保護の権利を侵害したと主張して、原告が、被告に対し、損害賠償の支払を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 原告の実用新案権
原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた。
(一) 登録番号 第二〇一〇四一五号
(二) 考案の名称 ゴルフクラブのヘッド
(三) 出 願 日 昭和五六年七月四日
(四) 公 告 日 昭和六三年五月一八日
(五) 登 録 日 平成六年三月二三日
(六) 実用新案登録請求の範囲
「ソール部(1)を開口し、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させ、この突出させた分だけ、ネックボス(10)のヘッド本体(A)外部への突出長さを短くしたことを特徴とするゴルフクラブのヘッド」
2 本件考案の構成要件
本件考案の構成要件を分説すると、次のとおりである。
A ソール部を開口し、シャフトを取付けるためのネックボスを一端に有する中空のヘッド本体を、金属にて一体に形成し、
B 前記ネックボスの下端をヘッド本体の中空部内に突出させ、
C この突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした
D ゴルフクラブのヘッド
3 被告の行為
被告は、平成六年一月から、別紙物件目録(一)1ないし6、同目録(二)1ないし5、同目録(三)1ないし4、同目録(四)1ないし3及び同目録(五)1ないし3記載のゴルフクラブのヘッド(以下、順に「イ号物件1」ないし「ホ号物件3」といい、イ号物件1ないし6をあわせて「イ号物件」、ロ号物件1ないし5をあわせて「ロ号物件」、ハ号物件1ないし4をあわせて「ハ号物件」、二号物件1ないし3をあわせて「二号物件」、ホ号物件1ないし3をあわせて「ホ号物件」といい、以上すべてをあわせて「被告各物件」という。)を製造、販売していた(ただし、各目録につき、「一、構成」のうち「2、ロ、」中の「中空部に突き出しており」の部分については、当事者間に争いがある。)。
被告各物件は、いずれも本件考案の構成要件A及びDを充足している。
二 争点
1 被告各物件は、構成要件Bを充足するか。
(原告の主張)
被告各物件は、構成要件Bを充足する。
本件考案の構成要件Bにおいて、ネックボスの下端部分がクラブヘッド本体の側壁と離間していることを要するという限定はない。
被告各物件は、クラブシャフトの取付部の下部が、クラブヘッド本体の中空部に突き出しており、その一部がクラブヘッド本体の側壁と一体となっている。したがって、被告各物件は、クラブヘッド本体の中空部を形成する上部壁から下方に、クラブシャフトの取付部の下部が出ているから、構成要件Bを充足する。
(被告の反論)
被告各物件は、構成要件Bを充足しない。
構成要件Bにおける「突出」という用語は、「突き破って出ること」を意味するものであり、構成要件Bは、ネックボスの下端がクラブヘッド本体の中空部内に突き破って出ていること、すなわち、下端全部がクラブヘッド本体の側壁部分と離間して中空部内に延び、該中空部内で終わっていることを要すると解される。これに対し、被告各物件においては、クラブシャフト取付部の下部は、クラブヘッドの側壁と一体化し、同中空部内には円弧状等の壁が存在するだけであって、下端全部がクラブヘッド本体の中空部内に延びておらず、該中空部内で終わっていないのであるから、構成要件Bを充足しない。
2 被告各物件は、構成要件Cを充足するか。
(原告の主張)
被告各物件は、構成要件Cを充足する。
(一) 被告各物件は、いずれも、クラブシャフトの取付部がクラブヘッド本体の中空部に突き出しており、取付部がクラブヘッド本体の中空部を形成する上部壁から下方に出ている結果、取付部がクラブヘッド本体の中空部を形成する上部壁から上方に突き出ている部分の長さは、取付部がクラブヘッド本体の中空部に突き出していない場合と比較して、その分だけ短くなっている。
(二) ネックボスの長さは、製作者が任意に定められるというものではない。ネックボスは、シャフトをクラブヘッドに取り付ける機能を有し、シャフトとクラブヘッドを結合するのに一定の接着代を必要とすることから、ネックボスは、必要とされる一定の接着代の長さより短くすることはできない。また、金属製クラブヘッドにおいては、接着強度を確保する必要から、クラブヘッド全体に占めるネックボスの重量の割合が大きく、ネックボスの重量が増加すると、ヘッドの重心位置がネックボス側に近づいて高くなり、かつ、ヘッドのヒール側に寄ることになることから、ネックボスは、必要とされる接着代の長さより不必要に長くすることは適当でない。したがって、ネックボスの長さは、ほぼ同じ長さになる。
被告各物件においても、接着代に相当するクラブシャフト取付部の長さは、ほぼ同じである。ロ号物件1ないし4も、クラブシャフト取付部の内部突出部分の長さがそれぞれ異なるにもかかわらず、クラブシャフト取付部の全長は同一である。
(被告の反論)
被告各物件は、以下のとおり、構成要件Cを充足しない。
(一) 被告各物件は、クラブシャフトの取付部の下部が、クラブヘッド本体の中空部内には「突出」しておらず、したがって、「この突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした」という構成要件Cを充足しない。
(二) ネックボスの長さが一定の値として定まっているゴルフクラブでない限り、「この突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短く」するという構成要件を充たすことはできない。
被告各物件において、クラブシャフト取付部のクラブヘッド本体から外部へ突出する上部の長さ及びクラブヘッド本体の側壁と一体化した下部の長さは、クラブシャフト取付部全体の長さを所与のものとして、その対比で決定しているのではなく、ヘッド本体の重量、重心の位置、シャフトの材質、接着剤の性能等を考慮し、ゴルフクラブをどのような性能のものとするかという観点から、個々のモデルごとに決定している。
したがって、被告各物件においては、仮に、クラブヘッド本体の側壁と一体構造となっているクラブシャフト取付部の下部が、クラブヘッド本体の中空部への「突出」部分であると解した場合であっても、その長さ「だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした」とはいえない。
3 本件実用新案登録に無効事由が存在する等の理由から、本件請求は権利濫用に該当するか。
(被告の主張)
本件考案の構成要件Cを充足するためには、各ゴルフクラブのネックボスの長さが一定の値として定まっていることが必要である。しかし、実際のネックボスの長さが様々であることは顕著な事実であり、基準となるネックボスの長さが定まっていないため、本件考案はその構成が不明といわざるを得ず、したがって、本件考案の平成元年四月一日付け手続補正書による補正後の明細書(以下「本件明細書」という。)には、考案の構成に欠くことができない事項が記載されていない(実用新案法五条三項、四項)。
また、本件考案は、先願の考案と同一又はこれに基づいて当業者が容易に推考することができたものである(同法三条一項三号又は同条二項)。
よって、本件実用新案権は無効とされるべきであり、本件実用新案権に基づく原告の請求は権利濫用である。
(原告の反論)
被告の主張は争う。
4 損害額はいくらか。
(原告の主張)
被告は、次のとおり、期間欄記載の期間に、数量欄記載の本数の被告各物件を製造、販売した。被告各物件を使用したゴルフクラブの単価は、販売額欄記載の金額を下らない。また、本件考案の実施料相当額は、ゴルフクラブ単価の三パーセントを下らない。よって、被告の行為により原告が被った実施料相当の損害額は、損害額欄記載の金額の合計四億五八九八万三七一〇円を下らない。
期間(年月) 数量(本) 販売額(円) 損害額(円)
イ号物件 六・三~七・一二 一七万二七九五 四万四〇〇〇 二億二八〇八万九四〇〇
ロ号物件 六・一~七・一二 一一万九六六八 一万七五〇〇 六二八二万五七〇〇
ハ号物件 七・三~七・一二 一一万一五二〇 二万五〇〇〇 八三六四万〇〇〇〇
二号物件 六・七~七・一二 二三万三六七五 七〇〇〇 四九〇七万一七五〇
ホ号物件 六・七~七・一二 一六万八三六六 七〇〇〇 三五三五万六八六〇
合計 四億五八九八万三七一〇
(被告の反論)
原告の主張は否認する。
第三 争点に対する判断
一 争点2(構成要件Cの充足性)について
被告各物件は、いずれも本件考案の構成要件Cを充足しない。その理由は、以下のとおりである。
1 構成要件Cの意義について
(一) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲には、ネックボスの下端をヘッド本体の中空部内に「突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした」と記載があり、また、考案の詳細な説明欄には、「さらに、ネックボスの下端をヘッド本体の中空部内に突出させているから、その分だけネックボスのヘッド本体外部への突出長さが短くなり、」(本件考案の公告公報五欄一一行ないし一三行)との記載がある(甲二の一)。
ところで、「ネックボスについて、ヘッド本体中空部内へ突出させた分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さが短くなる」趣旨の記載は、文言からは、当然の事理を述べたもので、格別、技術的な観点から限定を加えていないように理解される。しかも、後記のとおり、本件考案は、公知技術との一致を前提として、新たに構成要件Cが付加され、その結果、ようやく登録された手続経緯を勘案すると、右のように理解する限りにおいては、本件実用新案登録に無効事由の存在することとなり、本件実用新案権に基づく請求は、権利の濫用に当たる可能性が極めて高いと思料される。
仮に、本件実用新案登録が有効であるように解釈するとすれば、構成要件Cは、以下のように解されるべきである。この点を詳細に述べる。
(二) 本件実用新案権の実用新案登録出願(以下「本件登録出願」という。)の経過は、以下のとおりである。
(1) 本件考案の出願公告時の明細書(以下「公告時明細書」という。)における実用新案登録請求の範囲1には、「ソール部1を開口し、シャフトを取付けるためのネックボス10を一端に有する中空のヘッド本体Aを、金属にて一体に形成し、前記ネックボス10の下端10aをヘッド本体Aの中空部7内に突出させたことを特徴とするゴルフクラブのヘッド。」と記載されていた(甲二の一)。
(2) 本件登録出願に対し、登録異議の申立てがなされたため、原告は、平成元年四月一日付けで公告時明細書の一部を補正する手続補正書を提出し、右補正書で、実用新案登録請求の範囲1を「ソール部(1)を開口し、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させ、この突出させた分だけ、ネックボス(10)のヘッド本体(A)外部への突出長さを短くしたことを特徴とするゴルフクラブのヘッド」と補正した(甲二の二、乙六)。
ところが、右補正は明細書の実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものであるとして、平成三年四月八日付けで補正却下の決定がされた。さらに、同日付けで、本件登録出願に対する登録異議申立てにつき、本件考案は、実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたものであることを理由に、右申立てを認める旨の決定がされるとともに、本件登録出願につき、同様の理由により、拒絶査定がされた。引用例である実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書及び図面には、シャフトを取付けるためのネックボスを一端に有する中空のヘッド本体を金属にて形成し、ネックボスの下端をクラブヘッド本体の中空部内に突出させたゴルフクラブのヘッドが示されている。(乙四、七ないし一〇)
(3) これに対し、原告は、審判請求を行い、原告の平成三年九月二七日付審判請求理由補充書において、「本願考案と引用例のものとを対比すると、第1引用例(実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案)のものは、シャフトを取付けるためのネックボスの下端をヘッド本体内に突出させた点で、本願考案と一致しております。しかしながら第1引用例のものはネックボスのヘッド本体から外部に突出する部分の構成は全く不明であり、本願考案の構成要件である、ネックボスの下端をヘッド本体内に突出した分だけネックボスのヘッド本体外への突出部を短くした構成については、何ら示唆するところがありません。したがって、第1引用例のものが、本願考案のような、ネックボス部のヘッド本体内部への移動によりヘッド重量を増減せずにその重心を下げることができ、またシャフトが先端しなりとなりボールを上げやすく高い弾道のボールが得られる、という効果を奏しないことは明らかであります。」と主張した(乙九)。
(4) 右審判については、平成五年一〇月二一日付けで、前記補正書による補正を認めるとともに、「本願の考案と引用例(前記第1引用例)に記載のものとを対比すると、・・・両者は、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させたゴルフクラブのヘッドである点では一致しているものの、本願の考案の、ネックボスをヘッド本体(A)の中空部(7)内へ突出させた分だけ、ネックボス(10)のヘッド本体(A)外部への突出長さを短くした点については、引用例には何ら記載されていない。」として、前記拒絶査定を取り消し、本件考案を登録する旨の審決がされた(乙一〇)。
(三) 右手続経過及び公知技術の状況、すなわち、<1>本件考案と実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案とを対比すると、両者とも、シャフトを取付けるためのネックボス(10)を一端に有する中空のヘッド本体(A)を、金属にて一体に形成し、前記ネックボス(10)の下端(10a)をヘッド本体(A)の中空部(7)内に突出させたゴルフクラブのヘッドである点で一致していること、<2>原告自ら、実願昭五〇ー一七九七五五号の明細書記載の考案は、シャフトを取付けるためのネックボスの下端をヘッド本体内に突出させた点で、本件考案と一致することを認めていること、<3>本件考案の構成要件Cは、登録異議申立ての手続の過程で、新たに付加された要件であることに照らすと、構成要件Cは以下のとおりに解すべきである。
まず、構成要件Cを、その文言どおり理解すると、当然の事理を述べたにすぎず、技術的に何ら限定を加えていないこととなり、本件実用新案登録には無効事由が存在することになるといわざるを得ない。
そこで、本件実用新案登録に無効事由が存在しないように、構成要件Cを解釈するならば、技術的に何らかの意味のある限定をする必要性が生ずるというべきである。右の点を鑑みると、構成要件Cは、「その突出させた長さ分だけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さを短くした」という点に、技術的な意義があると解すべきであるから、ネックボス全体がヘッド本体外部に突出している場合と比較して、ネックボスの下端がヘッド本体の中空部内に突出している正にその長さだけ、ネックボスのヘッド本体外部への突出長さが短くなっているという関係の存在することが必要であり、そうとすると、ネックボス全体の長さは、あらかじめ、所定の長さに定まっていることが必要であるというべきである。
2 被告各物件の構成と構成要件Cとの対比
そこで、被告各物件が本件考案の構成要件Cを充足するか否かを検討する。
別紙各物件目録添付の各図面については、当事者間に争いがないところ、右各図面によると、被告各物件は、クラブシャフトの取付部の下部が、クラブヘッド本体の中空部に突き出していると認められる。
しかし、被告各物件につき、基準となる各クラブシャフトの取付部の長さは明らかでなく、したがって、ヘッド本体中空部に突出しているクラブシャフトの取付部の下端の長さの分だけ、ヘッド本体外部へ突出している取付部の長さが短くなっているという関係を肯定することはできない。
この点、原告は、「被告各物件において、接着代に相当するクラブシャフト取付部の長さはほぼ同じである」また、「ロ号物件1ないし4のクラブシャフト取付部全体の長さは、相互に同じである」などと主張するが、原告主張の右各長さをもってクラブシャフトの取付部の基準の長さであると解することもできず、結局、原告の右主張は採用できない。
したがって、被告各物件は、構成要件Cを充足しない。
二 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 石村智)
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